限りある時間の使い方
「忙しさ依存症」の僕たちは、まず現実を受け入れ、ものごとには必要なだけ時間がかかるものだし、進むスピードをコントロールできない、どんなに急いでも不安が減るわけではない、と認識・受容することが肝要だ。 その幻想を捨て、ホッと一息つき、ありのま…
つまるところ、「限りある人生」を穏やかに、心豊かに過ごしきるには「趣味」や付け加えるなら「冒険」に生きるという考えに行きついた。 「趣味」に生きる人は、現実の生活から逃避しているような印象がある。 生産性・効率化という言葉で象徴される「時間…
中年期には、多くの人が自分の「死」をそれなりに意識しはじめる。「死」を意識すると、将来のためだけに生きることの不条理さを無視できなくなる。 そのうち「将来」はなくなってしまうのに、将来に備え続けることに何の意味があるのだろう。 哲学者のショ…
人間、ひいてはあらゆる生き物は「死へと向かっていく存在」だ。 日々、目の前の欲望を満たす行動・タスクなどで意識はしていないが、冷静に考えると、その通りだ。 しかし、永遠の存在であったとしたら、それはそれで死ぬほど退屈だろう。 人生は「偶然」の…
近代以前の人たちは、死後の世界を信じていたという理由もあり、時間は現世だけに限られたものではなかった。 ところが、近代になって世界は一変した。死後の世界を信じなくなり、一度きりの人生こそがすべてになった。歴史は進歩し、世界は常にもっと完璧な…
人生後半の50代になって、改めて、今、振り返ってみると、子どもの頃、学生の頃は、親の教育方針・そして自分自身の意志が自然とリンクして「目的志向」に捉われ過ぎていたと感じざるを得ない。 幼稚園では小学校の準備、小学校では特に高学年で中学校の準…